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| 第90回 |
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デイリーニュースでも触れたことだが、「ひきこもり」について論じてみたい。
ある意味で、日本特有とも思える「ひきこもり」は、子供から青年、そして大人に至るまで家の中に閉じ篭ったまま出てこない人たちのことをいう。
大体は家族の中で一人だけで、複数で引きこもる例はあまり聞かない。なぜか殆どが男である。その数はNHK調査では少なくとも80万人、多いデータでは130万人という・・・・・唖然である。
それほど男が弱くなっていたのか。あるいは彼らを順応させない社会の方が異常なのか?
おそらくはその両方だろう。
学校も社会の一部なので、今の学校が如何に異常かということだ。主犯は文部科学省(旧文部省)である。文部官僚が狂っているからだ。
共犯者は主婦たちだ。特にPTAに席を置きながら子供をドッグレースさながらの受験戦争に駆り立てている主婦たちである。彼女たちは自分への賞賛を、子供の学歴で得ようと画策する。
幼稚園から「お受験」と称して遊ばせもず、子供を受験レースへと駆り立てていく・・・・その姿は殺気だってまるで化け物である。
あれでは子供は駄目になるのは当たり前だろう。子供は遊んでいなければ、おそらくは途中で金属疲労を起こしてしまう。小学校で起きている「学級崩壊」が典型的な例だ。15分以上じっと教師のレッスンを聞いていられないのである。既に心が壊れているのだ。
そういう子供が成長段階の何処かで破壊したのが「ひきこもり」ともいえる。そこには外的要因である「苛め」も深く関わってくる。それほど異常な教育熱心ではない母親の所でもひきこもりは多いからである。
学校という場所で、人間性の欠如した子供たちが群を作った場合、破壊が日常となる。破壊が捩れた形で現われるのが「苛め」である。精神的に相手を破壊しようと画策するのだ。こういうのは昔は女の得意技だったが、今では男も同じことを平気でするようになった。男が女性化したということだ。
ある意味、「ひきこもり」は異常な環境から自己防衛の為に逃れた結果とも言える。
大人たちは正常だった頃の学校(実際、昔は正常だった)しか知らない為、ひきこもった子供を見て怒鳴りつける。理由を言っても勇気が無いと決めつける。これでは家庭は傷を癒すような環境ではなくなる。その結果、最悪の場合、自室の中だけで閉じ篭り、家族からも自分を守るためにバリケードを築くようになるのだ。
これだけを書くと、如何にも環境だけが悪いように見えるが、引きこもることは一時的なら許されても、何年ともなると異常である。
罪悪感を持ちすぎるのは良くないが、持たないのは更に悪い。何でもバランスが必要で、引きこもったままではあまりにも情けないだろう。そのまま50歳、80歳になっても引きこもりをつづけるつもりなのか?
そして「地震でも起きてくれれば・・・」とか思い、「地震で家が壊れれば外に出られるのに・・・」という他力本願しか願えない人間になっていく。
当然、ひきこもりは家庭ではわがまま放題の「大王様」である。家族(特に母親)は子供が心配なので腫れ物に触るように接する・・・・だから程度の差こそあれ家族は奴隷扱いにされる。こんな情けない状態がひきこもりの現状だ。
自分で何とかする力も勇気も無い。ぬるま湯に首までドップリ浸かっているだけで外に出る勇気も無い。そのまま働きもせず、親に食事の面倒をみさせ、一生ひきこもりをつづけていく・・・・親が死ねばその財産を食いつぶす。それではまるで親の家に住みつく悪質な癌細胞ではないか。
親が死んだ段階で相続税を払えず、結局は強制的に放り出されるだけである。その後はどうするのだ・・・・誰に今度はパラサイトする?
心配する親戚にパラサイトするか?
地方の公共団体に面倒をみさせるのか?
国にひきこもりの世話をさせるのか?
どちらにしても、これでは最低の人生だし最低の人間だろう。
そういう人生が、長期ひきこもり者に口を開けて待っているのである。そんな惨めな生涯を送るために、この世に生まれてきたのか?
タイやフィリピンの貧民街の子の前で、彼らに自分のひきこもる理由を述べたいか?
アフガニスタンで両足を無くした子供たちの前で、自分のひきこもりの正当性を堂々と主張できるか?
引きこもるのはあくまでも一時的である。一時的なら戦略上でも許せる。
しかし、長期化を狙う奴は人生の卑怯者だ。人間としても許せない。おそらく引きこもりは自分でも自分を何処かで許せなくなっているはずだ。
一度でもいい、哀れな自分の顔を鏡で見てみればいい、その暗い顔のままでこれから先、一生「敗残者」のレッテルを自分の顔に貼りながら、その狭い空間だけで生きていくつもりなのか?
引きこもりにも同情すべき点はあるが、それを盾に甘える態度はあまりにも卑怯であり卑屈である。
引きこもりには恨みは無いが、130万人と聞いて、あまりにも情けない為、引きこもり部屋から脱する切っ掛けになればと思い書いた次第だ。悪く思うな。
人として生まれた以上、何らかの価値を持って生まれてきたはずだ。世の中には、もっと悲惨な環境でも耐えて頑張っている人たちが無数にいる。自分だけが安全地帯で隠れつづけていてもいいのかということだ。
悪いと思えば、今すぐにでも墓穴のようなところから明るい場所へ飛び出せ。遅いことは無い、世の中には何年も病気で入院する子供もいるのだ。遅い早いは自分が決めているだけである。■
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| (02/11/22) |
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