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| 第65回 |
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「飛鳥昭雄=予言者説」(前編)
「飛鳥昭雄=予言者説」について、前後編で取り上げてみたい。
ある人曰く「突如として現れた飛鳥作品に、多くの人々が驚き度胆を抜かれた!」
表現は多少オーバーだが、確かに研究成果が斬新で、一般が知らない情報も満載されたため、筆者を予言者と思う人が出ても不思議ではなかった時代があった。
実際、私自身はクリスチャンだし、内容の背景に『聖書』が出てくるのは当然の成り行きである。
実際、『聖書』自体が予言の塊であり、『聖書』の本質と仕組みを知らない人なら、私の言葉から予言の臭いを感じたのかもしれない。
しかし、それでも「飛鳥昭雄=予言者」を信じた人は稀だったはずである。
なぜなら当時、私について最も多かった説は、「飛鳥昭雄=フリーメーソン」だったからだ!
なぜなら、当時から私はフリーメーソンを擁護する立場〔現在でも同じ〕を明言してきたからである。
よって、私をフリーメーソンのエージェントと思う人の方が、圧倒的多数だったのである。
当時、こういう微妙な問題については、TVの方が出版より敏感な動きを見せていた。
TVと出版の立場を一言で言うなら、以下のような切り口で分けることができるだろう。
本は読者が書店に行って金銭を出して買うが、番組は視聴者が茶の間でタダ(電力会社やNHK的には間違い)で観ることができる・・・という違いだ。
つまり、その分だけ本より番組の方が拡散的で、年齢も多岐にわたるため、短時間での影響力は大きいのである。
中には生番組というケースもあるため、どうしてもチェックを厳しくしておく必要が出てくる。
それまでの私は、「超常現象研究家」という肩書を使っていた。
しかし、説が斬新で、最先端科学も使うことから科学性も強いため、プロットで紹介する際に、従来の肩書では差別化できないということになった。
そこでTV業界の偉いさん達と相談し、「サイエンス」という横文字を入れることになったのである。
さらに飛鳥説は、サイエンスライターの内容とも違う為、そこを補足する意味で、「エンターテイメント」の名称を加えることになった。
かくして出来上がったのが、「サイエンス・エンターテイナー」の肩書だったのである!!
これなら、私を変に教祖化したり、予言者と思い込む人が出ないという配慮も働いていた。
当然だが、私は一度も自分を予言者と思ったことはない。
よって一度も「・・・と予言する」という類の発言は発していないし書いたこともないのである。
世の中、不思議なもので、いくらこちらでフェンスを張っても、勝手にそこを乗り越えてくる人間がいる。そして、そこで怪我でもしたら最後、今度は他人のせいにするのである。
まあその方が当人は責任転嫁できるのだから、一番楽な方法ではあるのだろうが・・・・・・。
かくして、「サイエンス・エンターテイナー/飛鳥昭雄」が誕生することになった !■
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