百鬼夜話

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と言えば「ぶんぶく茶釜」や「狸ばやし」という言葉をすぐに思い浮かべるほど日本人には馴染み深い動物である。そして狸は狐といつも対極に位置し、「狐と狸の化かしあい」というように両者は妖怪世界のライバルである。

一昔か二昔前の世代なら「狸汁」を食した御仁もおられたはずで、「カチカチ山」を例に出すまでも無く、狸はいつもコテンコテンにやられる役目である。狐にやられ、ウサギにやられ、人間にやられ……とにかくやられる役目が狸で、最後は狸汁にされてしまって一巻のお終い!

実際、昔の女の子たちは鞠つきでこんな歌を一緒に歌っていた。「あのね、千羽山には狸がおってさ〜、それを猟師が鉄砲で撃ってさ、煮てさ〜、焼いてさ〜、それを木の葉でちょいと隠〜す♪」

とにかく、なぜか知らないが狸は化ける時には必ず木の葉を頭に載せてから化けるようである。その点、狐はあまりそういう化け方はしない。勿論、最近のアニメでは狐も狸も化ける時はごちゃ混ぜになっているので一概には言えなくなったが。

川柳にも「揚げ玉や 煮揚げに化ける 悪たぬき」というのがあるが、「たぬき」といえば関東では揚げ玉入りソバで、関西は煮揚げ入りソバのことである。つまり関東と関西の両方で化けるほど悪い奴だという意味で、これも“コンコン様”や“稲荷”として崇拝の対象にもなっている狐とは天地の違い。一体ここまで人間に差別され馬鹿にされる狸とは何なのだろうか?

狸の得意技は狐と同じく人間に姿を変えることで、人間のふりをして宴会に紛れ込み御馳走を頂戴するのだが、大体は太い尻尾が見えてばれてしまう。主に化けてもホクロの位置を見たまま(逆向きになる)付けて女房に疑われて煮えたぎった風呂に落とされたりと、本当に救い難いほど間抜けな扱いなのだ。

最近では太った体型が可愛いためか、CMや人形にもなって面目躍如だが、昔は徹底して貶められていた。つまり狐とは違う狐の偽者という意味で、不幸にも狸が選ばれ徹底的に蔑まれたのだ。これは狸に取れば不運というしかない。別にイタチでもカワウソでもよかったわけで狸にとればとんだ迷惑な話だ。

確かに村里に下りてきては畑を荒したことも多かったとは思うが、狐も同じだったはずだ。なのに狐だけは別格扱い……これではその理由を調べてやらないと妖怪狸は浮かばれまい。

そこで「化」という漢字を調べて見ると「人・ヒ」となる。漢和辞典ではこれが「人・七」で、更に「七・七」で一方が引っ繰り返った七の対峙が古字だという。その意味は「人を善に感化させ変わらせる」とあるから、これは予想以外に大変な意味になってくる。

化ける動物の一方が神社に祭られ、一方が蔑まれるのはなぜか?

答えは人間を見れば一目瞭然だ。産まれたときは皆染み一つ無い汚れの無い心だが、大きくなるに連れて変わっていく。その両極端として一方は善、他方は悪である。狐は善の七にされ、他方の狸は悪の逆さ七となったのだ。つまりは狐が神であり、狸が悪魔ということになる。

特に最初は同じ七で、まともに上を向いていたのに逆さになった。これは同じ変化でも地獄に落ちる意味をもっている。つまり引っ繰り返ったのだ。だから狸だけが化けるときにクルリと引っ繰り返るのである!■

足洗い屋敷 送り拍子木
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